バフェット太郎です。

日本を代表する長期投資家の始祖に、造園技師、林学博士、投資家の三つの顔を持つ本多静六という男がいました。彼は1866年に生まれ86歳で死ぬまに数百億円もの資産を築いたと言われています。

本多静六がなぜ一代で数百億円もの資産を築くことができたのか。その要因として彼が25歳から始めた「蓄財術」が挙げられます。
   
本多静六は25歳のときに東京大学の農学部助教授になったのですが、一カ月の手取りは60円(この頃の銀行員の初任給は35円、大工の月給10円、小学校教諭の初任給8円)でした。当時の60円は高給だったわけですが、全家族が9人もいたので家計は大変だったのです。

いざ倹約的な生活をしようと考えても、それを家族全員が納得しなければなりません。当然、子どもたちは渋々親の言う事に従わざるを得ませんが、幕府に仕える武士の娘だった昔気質の義母などは、「お金なんてどれだけ使っても一生お上からもらえるもの」と考えていたそうです。

武士の給与は家に対して支払われるものだったので、働かなくても給与がもらえたわけですが、大学教授の給与は勤務に対して支払われるものだから、働けなくなったら1円も入らないのです。そうした当たり前のことがわからない人が家族にいると(しかも義母)、節約生活を始めるのは難しかったと思います。だからまず、どうして節約するのかということを家族に理解してもらうことから始めなければなりません。

次に、ほとんどの人は節約生活を始めようと決めると、まず最初に無駄遣いを減らすためにコンビニでお菓子やジュースを買わないようにしよう、スーパーで特売品を買おう、外食を控えよう、保険の見直しをしようとかを考えると思いますが、これは毎日の苦しい節約生活の中で、月末になってやっと「今月はいくらか残った…」という具合に望みをかけるものなので、長く続きしません。

そこで本多静六は「四分の一天引き貯金法」という蓄財術で節約生活を始めました。これは名前の通り、給与の四分の一をあらかじめなかったものとして貯金に回し、残りの四分の三で生活するというものです。

しかし、四分の一は必ず貯金ができるものの、当然家計はめちゃくちゃ苦しい。子どもたちは素直だから「お母さん、今夜も胡麻塩?」と泣き顔をするのです。それを本多静六の妻は「もう三つ寝るとオトト(お魚)を買ってあげますよ」となだめるのです。    

本多静六はこうしたことに対して、「気の毒だ」とか「かわいそうだ」などということは、単に一時的なつまらない感情の問題だとして、情に負けてはならぬと歯を食いしばったそうです。    

節約生活を始める前に、まず、「なぜ節約して貯金しなければならないのか」ということを家族に理解してもらい、目標を共有する必要があります。また、「四分の一天引き貯金法」を実践する場合、独身者や共働き夫婦なら難しくありませんが、パートナーが専業主婦(夫)だと高給でなければかなり苦労すると思います。

グッドラック。

(参考文献:私の財産告白 (実業之日本社文庫)