バフェット太郎です。

本多静六の蓄財術に影響を与えたのは、ドイツ留学時の恩師であり、経済学者のブレンタノ教授でした。ブレンタノ教授は40代でありながら数百万円の資産家(当時の日本の銀行員の初任給は35円)で、勤勉貯蓄が財産を作ることの根幹だと説いたのです。

そもそもなぜ、ブレンタノ教授がお金持ちになることを勧めたのかですが、それはお金がないがために自由が制限され、心にもない屈従をしいられることになることを心配したからです。これは現代社会でも同じで、サラリーマンの中には生活のためとか家族のためとか言って、やりたくもない仕事をやっている人が少なくありません。ブレンタノ教授はそうしたお金に縛られた生活をしないためにも、金銭的な自由を手に入れ、研究するべきことを研究することで学者の権威があると考えたのです。

さて、ブレンタノ教授は本多静六に勤勉貯蓄なしには、どんな小さな財産もつくることはできない。さらに貯金をそのままにしていてもたかが知れているので投資をしなさいとアドバイスしました。

具体的な投資法ですが、幹線鉄道と安い土地や山林に投資するといった、国家の発展に賭ける投資法でした。幹線鉄道は将来支線が伸びるごとに利益が増し、交通が不便な山奥にある山林も、鉄道や国道県道が開拓されていくため、いずれ都会地に近い山林と同じ価格になるだろうと考えたわけです。

そこで本多静六は帰国後の数年間、「四分の一天引き貯金法」で貯めたお金で日本鉄道株を1株12円50銭で30株(375円分)買いました。それがすぐに300株(3750円分)に増えたとき、投資金額の2.5倍で政府が買い取り、さらに年々一割の配当を受けとった結果、資産は3万7500円にもなったそうです。これは現在の価値で3~4億円程度だったと思います。

もともと「四分の一天引き貯金法」で貯めたお金であることを考えれば、実業家などでなくとも、当時誰もが実践できたことだったというわけです。そしてその後、本多静六はブレンタノ教授のアドバイスに従って、次々と山林に投資していくのです。

グッドラック。

(参考文献:私の財産告白 (実業之日本社文庫)