バフェット太郎です。

人生100年時代の到来は、これまでのロールモデルが通用しなくなっていることを意味します。つまり、学校教育を経て、社会で働き、老後は悠々自適の生活を楽しむなんてことはもうできなくなっているわけです。

それにも関わらず、今まで(親世代)と同じような生き方をしているとすれば、それは人生が「詰んでる」ことを意味します。

そもそも教育期間20年、社会人生活40年、老後生活20年というのは、両親や社会(国)が人的資本0円の赤ん坊に20年間おしみなく投資を続けて、人的資本1~3億円の立派な社会人に育てます。そしてそれを40年間労働市場で運用することで、投資資金を税金や年金などの名目で少しずつ回収し、老後資金を確保します。結果、多くのリタイア世代は手厚い社会保障を受けながら、年金生活をすることができるわけです。

しかし、人生100年時代が到来したにも関わらず、社会が変化に対応できなければ、老後生活が20年間延長するだけです。つまり、40年間の運用益で40年間の老後資金を確保しなければならないことを意味します。これは少子高齢化などの人口構造を加味すれば、日本は詰んでるといえます。

そこで、これからは社会人生活が60年に延長し、その期間で老後生活の資金を蓄える必要があります。すると必然的に変わるのは余暇の過ごし方です。
1
これまで我々は人的資本に20年間おしみなく投資をし、それを労働市場で40年間運用してきたわけですが、産業構造がダイナミックに変化し、古い仕事が消え、新しい仕事が増えたことに加えて、働く期間が長くなったということは、人的資本にさらなる投資が必要になることを意味します。

つまり余暇時間は投資(スキルを高めるために勉強する)時間になるわけです。

冒頭で述べた通り、今まで(親世代)と同じような生き方、すなわち、余暇に頻繁にお出かけしたり、ソファで映画を鑑賞したりするような生き方をすれば、将来、残酷な末路になることは目に見えています。

たとえば、60歳以降、スキルのいらない誰もやりたくないような単純労働・低賃金・不安定な仕事で時間を潰すことになります。一方で、人的資本に投資し続けた人は60歳以降、自分の好きなことを仕事にして生きていくことができます。しかも相当な高給で。

仏経済学者のトマ・ピケティ氏は「r>g」というたったひとつの不等式で格差が拡大することを証明したわけですが、格差が拡大する要素のひとつに「時間」があります。時間の経過とともに格差は拡大するので、長すぎる人生は勉強する者としない者との間で一層の格差を生み、前者には幸福な老後が、後者には残酷な老後が待っています。

グッドラック。

にほんブログ村 株ブログ 米国株へ
大変励みになります。今日も応援のポチお願いします 
SPONSORED LINK