バフェット太郎です。

今よりもっとお金があれば幸せか?と聞かれれば、誰もが「もちろん!」と答えるはずです。お金は生きるうえで必要なモノを買えるだけでなく、お金で買える物なら何でも手に入れることができるので、誰もがお金があった方が幸せだと考えます。では、お金はいくらあれば幸せなのでしょうか?別の言い方をすれば、お金で幸せは買えるのでしょうか?

1974年、経済学者のリチャード・イースタリンはお金と幸福の関係を論文にして『アメリカン・エコノミック・レビュー』という権威ある雑誌に寄稿しました。イースタリンは論文で「社会の中では富裕層が貧困層より幸福なのだろうか?そして、国が豊かになっていけば私たちは幸せになれるのだろうか?」と仮設を立てました。

イースタリンは戦後に集められた自己申告のデータを利用して、米国の最貧困層のうち自分が「とても幸せだ」と言う人は25%以下ということを発見しました。一方、最富裕層の50%弱が「とても幸せだ」と答えました。その割合は最貧困層の二倍で、これはアジア、アフリカ、ラテン・アメリカを含む他の国々でも似たような傾向が見られました。つまり、「お金があれば幸せだ」というのは世界に共通することなのです。

では、その国の全ての人の収入が増えれば、国家の幸福度は高まるのでしょうか?
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※幸福度は3段階(1=あまり幸せでない、2=かなり幸せ、3=とても幸せ)。

グラフは1975年~1995年の米国の一人当たりの実質GDPと幸福度の平均値を表したものです。1975年以降、一人当たりの実質GDPは右肩上がりで上昇しているのにも関わらず、幸福度は2.20~2.23とほとんど変化が見られません。つまり、「お金があれば幸せだ」ということは間違っていることになります。

金持ちは貧乏人よりも幸福なのに、なぜ社会全体が豊かになっても幸せにならないのでしょうか?結論から言えば、幸福とは相対的なものだからです。

オックスフォード大学のジョン・ナイト教授、ノッティンガム大学のリナ・ソング教授、モナシュ大学のラミニ・グナティラカ教授の三人による独自の研究によれば、人々は近くに住んでいる人の収入をもっとも気にする傾向があり、自身の収入が近くに住んでる人たちよりも高かったり、平均以上の収入がある場合幸福度が高くなるようです。

なぜ、幸福が相対的なものなのかというと、ぼくたち人間がそう考えるようにプログラムされているからです。人間本来の使命が生殖であるなら、この人間社会で最もその使命を果たせる可能性の高いのは、他人より多くのお金を稼いでいる人です。なぜならお金があれば子育ての費用を心配する必要はないですし、より高度な教育を受けることができるからです。

つまり、お金をモノサシに相対的に比べることによって、人間本来の使命を果たせるかどうかがわかるので、平均以上であると幸福を感じるのです。従って、男性の平均年収が510万円と言われている日本において、600万円以上であるならば幸福であると言えるかもしれません。しかし、幸福は相対的で身近な人と比べる傾向があるので、自分の周りの人たちの年収があまりにも高いと幸福度は低くなりそうです。

まぁ、自分の身近な人たちの年収が300~400万円と平均以下であるという条件を満たしつつ、自分の年収が600万円以上あるなら幸福と言えるのかもしれません。

グッドラック。